静まりの時 2022年11月07日(月)
申命記8・1~10
あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを歩ませられたすべての道を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試し、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は主の御口から出るすべてのことばで生きるということを、あなたに分からせるためであった。
この四十年の間、あなたの衣服はすり切れず、あなたの足は腫れなかった。あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを知らなければならない。あなたの神、主の命令を守って主の道に歩み、主を恐れなさい。あなたの神、主があなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。
(申命記8・2~7a)
神さまが私たちを「良い地」に導き入れようとしておられるので、そのために、試練が与えられる、と語られています。「この四十年間、荒野であなたを歩ませられたすべての道」とは、すでに経験してきた試練のことですが、それを覚えていなさい、と神さまは言われました。そして、すでに経験したその苦しみには意味があった、その意味とは「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の御口から出るすべてのことばで生きるということ」を分からせるためであった、と語られました。
人は苦しみを通して、神さまのお言葉によって自らは生かされているのだ、ということを学ぶのです。そしてその学びは、これから出会っていく数々の苦しみの中でも、その先には「良い地」があることを信じて希望に生きることができるように、私たちを導きます。
試練が、単純に人を信仰の道に導くのではないと思います。苦しみがかえって人をひねくれた者とすることもあるでしょう。苦しみを、神さまからの試練として受け止めるところに、神さまに生かされている、その先には希望がある、ということを信じて歩む道が築かれるのだと思います。
今日は立冬ということで、いよいよ冬ですね。ついこの間は半そでを着ていたかと思いましたが、もう綿入れを着るようになりました。
昨日は例年通り成長懇談会が行なわれました。来年の教会目標、計画、目下取り組んでいる諸問題についての説明などをお伝えすることが出来ました。感染症対策で、グループディスカッション、や質疑応答の時が持てませんでしたので、また週日の小さなグループで分かち合って下さり、理解を深めてくださればと思います。また質問や疑問があれば、役員会にお伝えくださればと思います。その場合文章にしてくださると正確に応答ができやすいかと思います。
広く信徒の皆さんのご意見をいただきながら進めていかなければならないことです。そういう意味では民主的に進めていかなければなりません。しかし教理的なことや、教会の歴史の中で育まれてきた教派的な立場については、多数決で決めることではありません。たとえば、神さまは三位一体として私たちに出会って下さる、ということは、たとえ教会員のすべてが反対しても(笑)、牧師は主張し続けるでしょう。そういう内容も少し含まれていますので、ぜひ理解を深めてくださり、信仰の在り方をともに学んでいければと思います。教会はイエスさまのお身体である、と聖書は語ります。イエスさまのお身体につながるお互いが、互いに違っていて、それで一つである、というところに立ち続ける教会でありたいと思います。そのためにも、教会の立場を明確にし、それを尊重する文化を育てていかなければなりません。
約1時間ほどの集いでしたが、ビデオにも撮りましたし、私の話したことは、準備した原稿に基づいてお話ししましたので、当日欠席された方で学んでみないという方は、お声をかけてくださればと思います。
昨日の説教の中で、ワンピース、というアニメ、漫画の主人公ルフィーのことばを紹介しました。
「おれは助けてもらわねェと、生きていけねェ自身がある!!!」
(何もできないから仲間に助けてもらうんだ! だから おまえに勝てるのだと主人公は敵対者に言い放つ! 『ONE PIECE』10巻より、尾田栄一郎)
(『詞華集 日だまりに』、女子パウロ会編、57頁)
いい言葉ですね。
「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の御口から出るすべてのことばで生きる」