あなたがたは五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する

静まりの時 2022年6月14日(火)
レビ25・8~12

「あなたは安息の年を七回、すなわち、七年の七倍を数える。安息の年が七回で四十九年である。あなたはその第七の月の十日に角笛を鳴り響かせる。宥めの日に、あなたがたの全土に角笛を鳴り響かせる。
 あなたがたは五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰る。この五十年目はあなたがたのヨベルの年である。種を蒔いてはならないし、落ち穂から生えたものを刈り入れてもならない。また手入れをしなかったぶどうの木のぶどうを集めてはならない。これはヨベルの年であって、あなたがたには聖である。あなたがたは野の収穫物を食べる。」
(レビ25・8~12、新改訳2017)

 ヨベルの年。英語では「ジュビリー」。このことばは、いろいろな場面で使われています。今年、英国女王の即位70年を記念するイベントがあったとのことですが、これも「プラチナ・ジュビリー」と言われていました。またアフリカ諸国の債務帳消し運動を「ジュビリー2000」と言われました。
 地の安息が7年。その7倍の49年を経て50年目を「聖別」せよと言われました。聖別ということは、神さまのものとする、という意味でしょう。そしてこの年に「国中のすべての住民に解放を宣言」せよと言われました。これがヨベルの年です。
 解放の中身ですが、まず「自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰る」こと。50年間に、さまざまな事情で自分の所有地から離れてしまった人は、もう一度帰りなさい、また、帰ることができるようにしなさい、というのです。家族と遠く離れてしまった人は、再び家族のもとに帰りなさい、というのです。
 また「種を蒔いてはならない」「落ち穂から生えたものを刈り入れてもならない」「手入れをしなかったぶどうの木のぶどうを集めてはならない」と言われ、しかし「野の収穫物を食べる」と言われました。ちょっと複雑なことですが、意味としては人間の労働をいったんストップして神さまの恵みに頼って生きなさい、ということでしょう。
 まとめるとヨベルの年とは、畑の休耕、土地の復帰、奴隷の解放、ということです。ただ実際これが行われたことは聖書には見出すことができない、とのことです。

 さて、もし私たちに、50年目にこのようにしなさい、と神さまから命じられたなら、その日付をどのように記憶することになるでしょう。
 以前に、ご主人を戦争でなくされた夫人から、ご主人の50年の記念会をしてほしいと言われて、ご自宅にお伺いして記念会を行ったことがありました。戦後、ご主人のいない中、苦労してお嬢さんを育てながら懸命に生きて来られた方でした。ある時妹さんの導きで教会と出会いイエスさまへの信仰を持たれました。忠実に信仰生活を歩まれ、数年前に天に帰って行かれました。その方にとって50年を数えることは、一つの人生の大切なテーマだったのだと思います。毎年の命日を忘れず、今が何年目になるのだろうかと、どこか数えておられたのではないか、とも想像しました。
 しかしそのようなことも、今年が西暦何年であるか、という情報が確かにある中でのことでしょう。いまでこそ、カレンダーや時計の類はあふれていますので、今日が何日で何曜日で何年かということは比較的簡単に知ることができます。たとえ忘れてしまってもすぐに確かな情報を得ることができます。けれども古代はそう簡単なことではなかったのだと思います。

 神さまはモーセに「 あなたは安息の年を七回、すなわち、七年の七倍を数える。・・・あなたはその第七の月の十日に角笛を鳴り響かせる。宥めの日に、あなたがたの全土に角笛を鳴り響かせる。」と言われました(ヨベルとはこの雄羊の角という意味だそうです)。モーセに、50年を数えなさい、そしてその50年目の第七の月の10日に角笛を鳴り響かせよ、と言われました。つまりリーダーに「時を読む」という役割を託されたのです。
 責任重大です。まず50年を越えて生きていなければなりません(笑)。モーセが日付を数えるのを忘れてしまったらどうなるのでしょう。あるいは、かろうじてモーセが50年を越えて生き、忘れずに角笛を鳴らしたとして、それを聞いたイスラエルの人びとが、その角笛でヨベルの年を思い起こしてくれなかったら、また思い起こしてもそれに従ってくれなかったらどうしましょう。「あれ、なんか角笛が鳴らされているな、なんかあるのか」とか「土地や奴隷を解放せよ、などできるわけがない」ということならば、モーセさんは気の毒ですし、命令をされた神さまには申し訳のないことになります。神さまは、リーダーに対して責任を、そしてイスラエルの民に対しては、そのリーダーへの信頼と従順を求められたのでしょう。こうして「聖」ということを学ぶ道を整えられたのだと思います。聖というのは、すべては神さまのものである、ということを知る、ということです。

 先日のJEAの総会で久しぶりに会った友人が、今年関東から関西に引っ越してこられました。その団体はいわゆる監督制の団体で、人事に関してはトップダウンです。教団の執行部が祈り決定したことに働き人も教会も従うという形をとっています。別の団体では、3月の下旬に総会があり、その時に人事が発表され、一週間後の4月には新しい地に赴任している、ということが当たり前に行われているところもあります。なかなか大変なのですが、とくに奥さまや子どもたちは急に引っ越し、転校ということなのでそれはそれは大変でしょう。教団や団体のあり方はさまざまで、私たちの団体は一応招聘ということに現在はなっていますが、「団体の命令は主の命令」とよく言われていましたので、かなり監督制に近かい部分を持っていたようですね。カトリック教会は、いまでも完全に監督制のようです。少しお世話になった司祭さんが、ある時急に連絡が取れなくなったので、どうしたものかとブラザーに問い合わせたろころ、赴任地が変わり引っ越されました、と返答がありました。カトリックではよくあることです、とのことでした。

 個人の事情を無視する在り方には、問題があると思いますが、私はこの監督制に信仰の在り方が現れているように、少し思うことがあります。自己中心から救われて神さま中心に生きるようにしていただいたのが「救われた」ということです。自己中心というのは、いわゆるわがままであり自分勝手ということで、そこに「悪意」を読み取ってしまうことが多いでしょう。しかし人間がわがままで自分勝手にふるまうのは、決して悪意によるだけではありません。善意、正義の仮面をかぶって、わがままと自分勝手の道を突き進むことが、実に多いのではないでしょうか。多くの戦争も「大義」をかかげてなされるのです。ですからどんなに善意と正義に溢れ、大義があっても果たしてその道が神さまに喜ばれる道であるのだろうか、結局自分のわがままを通そうとしているだけではないだろうか、と振り返ることが信仰者の道だと思います。そのような心を生み出し育てててくれるのが、具体的な場面での「従う」という経験なのでしょう。
 関西に引っ越してこられた友人は、JEAでも要職にあり忙しくしておられます。神さまにひたすら潔く生きておられる姿に大いに励まされました。