静まりの時 2022年1月17日(月)
「・・・医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」
(マルコ2・17、新改訳2017)
取税人アルパヨの子レビを、イエスさまはご自分の弟子として召されました。レビはさっそく自分の仲間たちを集めてイエスさまを紹介します。それを見たパリサイ派の律法学者は、なぜ罪びとたちをと一緒に食事をするのか、と問いました。するとイエスさまは、わたしが来たのは正しい人を招くためではなく、罪びとを招くためである、といわれました。主イエスさまに招かれた、ということは、私は罪びとである、ということなのです。もし自らが罪びとではない、とするならば、イエスさまの招きの中に生きることができません。
自らが自覚するかしないかによらず、私たちはみな病人である、罪びとである、主イエスさまはそのことをよくご存じである、それでイエスさまは招いてくださった、そしていやしてくださった、との信仰の中に生かされている、それがキリスト者であるということでしょう。
病人と罪びととの違いは、病人はいやされて病院から退院しますが、罪びとは、きよくされたからといって、イエスさまのもとから去っていくことをしません。生涯イエスさまの跡を歩いていきます。生涯イエスさまの跡を歩いていくためには、自らが罪びとであるという信仰的な自覚が必要です。信仰生活は、ますます自らが罪びとであるということを学ぶ歩みである、と言えるでしょう。
取税人アルパヨの子レビが、弟子に召される個所は、このマルコの福音書以外に、ルカでは5章27節以降、マタイでは9章9節以上に記されています。少し比較してみましょう。
マタイの福音書では
「イエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、『わたしについて来なさい』と言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。」(9・9)
マルコの福音書では
「イエスは道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所に座っているのを見て、『わたしについて来なさい』と言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。」(マルコ2・14)
そして、ルカの福音書では
「その後、イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留められた。そして『わたしについて来なさい』と言われた。」(ルカ5・27)
決定的に違うところは、マタイの名称です。マタイでは「マタイ」と記しているのに対して、マルコとルカは「レビ」と記しているということです。
レビというのは、ごく一般的な名前であるといわれます。それに対してマタイは少し特徴的な名前ということができるでしょう。福音書が書かれたのは、すでに教会が出来あがていた時代です。おそらくマタイという人物は、マタイの牧する教会、あるいは教団の中心的な人物であったと思われます。その人物が、もと取税人であったということ。マルコやルカでは、その事実を少しぼやかしているように見えるのに対して、マタイでははっきりと記している、ということでしょう。
有名な伝道者が、もともと後ろ指を指されるような人であった、ということを、周りの人たちは、少しぼやかしておこうとしているのに対して、本人は、はっきりと記している、という感じです。私は、ここにマタイの信仰姿勢を見る思いがします。
自分がどういう状態、どういう状況から救われたのか、ということを忘れない、救われなければ今頃はこのような人生に生きていない、おそらくとっくの昔に滅んでしまっている、そんな思いを忘れない、自分こそ罪びとの頭であるということを忘れない、それがキリスト者の信仰姿勢である、ということです。
これはキリスト者の生命線と言ってもよいと思います。もしキリスト者になるということが「なにか特別な、すごいものになった」ということのように誤解しているとすれば、少し残念なことです。
歴史の教会の礼拝においては「主よ、憐れんでください」という言葉が祈り続けられています。
昨日は、主の日、礼拝の日でした。昨年の暮れより、毎週雪となっていますが、昨日は少し穏やかな日となりました。感謝です。それでも教会の駐車場には、どけられた雪が溶けずに残っていました。早朝30分の静まりの時では、今までは、説教の時間には、配布されている説教要旨をそれぞれで黙読して黙想してきましたが、昨日から、私が朗読することになりました。朗読ですから、10分以内に終わるので、大丈夫でした。礼拝後は、各会の話し合いや会計監査が行われました。
母が久しぶりに礼拝に来てくれたので、昼食を近くの食堂に行きました。そこは自分で好きなものを選ぶシステムとなっていて、よかったです。食堂には、テレビが置かれてあって、女子駅伝が放映されていました。レストランに、テレビがある。子どもづれがワイワイ言っている、たまたま横の席になったと思われるおじいさんとおじさんが世間話をしている・・・。なんだかなつかしいような、いい感じでした。