あなたを助け出そう

静まりの時 2021年12月17日(金)

「主はこのようにされたのですから、敬虔な者たちを誘惑から救い出し、正しくない者たちを処罰し、さばきの日まで閉じ込めておくことを、心得ておられるのです。」

(第二ペテロ2・9、新改訳2017)

 「敬虔な者たち」は新共同訳では「信仰のあつい人」、「さばきの日まで閉じ込めておくこと」は共同訳2018では「裁きの日まで懲らしめのもとに置くこと」とありました。
 神さまは正しい審き主であるという信仰が語られているのだと思います。ペテロの手紙は、信仰に生きることによって幸福ではなくむしろさまざまな試練にあう信仰者に向かって書かれた、ということでしょう。私たちの信じる神さまは正しい審き主なのだから、この神さまにすべてをゆだねて、試練の時を忍耐しよう、と語るのだと思います。

 一昨日、20年以上親しくしてくださった信仰の友が天に召されたとの知らせをいただきました。感染症対策で葬儀には限られた人数しか集えず家族葬になるということで、昨日は午前に妻とともに、葬儀場に出発される前の故人とご家族を、ご自宅をお訪ねしました。43歳でご病気が分かり、そのとき下の子がまだ6歳、何とか生かしてほしいとの祈りに神さまは答えてくださり、30年守られ、73歳で天に凱旋されました。召される最後の時には、ご主人と子どもたちによる賛美の時もたれ、感謝のなかに召天されたとのことでした。お訪ねしたご自宅の部屋は、幾度も家庭集会に招かれた部屋ですが、美しくしずかに眠る姉妹のまわりには、子どもたち、お孫さんたち、そうぜい20人以上が、見守っておられました。悲しみの中にあるご家族ですが、そこは天国への希望にあふれていました。かえりに前日に自宅で行われた前夜式の式次第をいただきました。そこに添えられていた会葬御礼はご主人のあいさつ文で、とても感動しました。
 このご家族にはなんど励まされたことでしょう。お若いころから東京の大きな教会で中心的な信徒としてお仕えしてこられた方々ですが、ご両親の救いのために滋賀に帰って来られて以降私たちの教会にお集い下さるようになりました。いなかの小さな教会の、さらには駆け出しで足りないところばかりの牧師であるにもかかわらず常に変わることなく、祈り支えてくださいました。本当にありがとうございました。またこれからもよろしくお願いします。

 帰りに、蒲生の「悠久の里 蒲生あかね古墳公園」に寄りたいと妻が言いましたので、寄ってみました。古墳の階段60段ほどでしょうか、ゆっくりとではありますが、何とか登ることができました。かさねて夕刻のウォーキングにも出かけられたので、体力がずいぶん回復していることを感謝しました。