信仰をもって喜ぶことは私たちの義務です

静まりの時 2021年8月20日(金)

三位一体の神、そのお一人である子なる神が助け主、慰め主の役割を引き受けてくださって以来、私たちは、私たちの心が慰めに満たされることがどんなに大切なことであるかが理解できるはずです。信仰をもつことは幸いなことです。その信仰をもって喜ぶことは私たちの義務です!

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、328頁f

信仰をいただいた私たちが「喜ぶ」ことは、私たちの義務である、といいます。聖書には、喜びなさい、との命令が記されています。喜ぶことは、命令されてできることではありません。しかし神さまのお言葉である聖書が、そう語るのですから、そこに真理があります。神さまが喜びなさい、と命じられるからには、神さまは必ず私たちの喜びを与えてくださるのです。ですから私たちが喜びを失っているとすれば、神さまが既に与えていてくださる喜びを見失っているということですから、不自然なことですね。今日も喜んで一日を歩みたいと思います。

昨日は、退院後はじめての診察で病院に行きました。久しぶりに病院の雰囲気を味わいました。採血、レントゲン、心電図、心エコーの検査があり、主治医の先生の診察を受けました。退院後の経過観察ということですが、順調に快復しているとの言葉をいただきました。緊急入院の際に、妻が主治医に夫の職業が牧師であることを伝えていますが、講壇に立って30分ほどのお話をすることは大丈夫でしょうか、と訪ねると、大声を出すとかでなければ全く問題はないでしょう、と言われました。また退院前にリハビリの先生からお話しがあった通りに、無理のないように心臓リハビリに励んでください、とのことでした。次回の診察は9月16日となりました。皆さんのお祈りを感謝します。

「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。」(ヨハネ14・18)