もし私が神の子であるなら、今日も神の心の内に住まわせていただいているのです。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、266頁f
2021年7月7日(水)
私に対して無関心で私の願いを知ろうとしない存在に向かって祈るとすれば、雇用者に対して要求する労働組合のように「訴える」必要があるでしょう。しかし私たちが祈る対象は、私のことを愛し、私の必要を私以上に知り抜いておられるお方です。ですから私たちの祈りは、祈りを聞いてくださるという平安に支えられています。よって祈りというのは、神さまとの愛の交わりなのです。
「彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。」(マタイ6・8)