最近になって、聖書は批判され、その真実性がさまざまな方面から、これは非科学的だ、これは人間の理性に合致しないと言っては疑われ始めています。しかし、このことによって多くの人は快適で温暖な場所から、南極海や北極海と同じくらい寒々しい疑いと不確実の世界へと移動している。私にはそう思えてなりません。神の選びの民である聖徒は、どような時代にあっても、神に信頼し、神の御言葉を敬います。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、265頁f
2021年7月6日(火)
「聖書への批判」が高まったのは19世紀からだと思います。科学の前進が、自由主義と共に、人間中心へと突き進んだ時代だと思います。人間には無限の可能性があり、もはや神などいらない、という時代を迎えました。しかしそうして突き進んだ先に迎えた20世紀。私たちは2度の世界大戦、大量殺戮、原子爆弾の時代となりました。またこの時代、人間を過ちに至らせるさまざまな宗教を生み出しました。
私たちは、まことの神さまのもとに帰らない限り、人間として健やかに生きることが出来ません。
「イエスはお答えになった。『「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と書いてある。』」(マタイ4・4)