主イエスはご自身の死によって、私たちのために栄光への道を開いてくださったからです。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、216頁f
2021年6月1日(火)
平穏な地にあるからこそ平安があるというのならば、ヨルダンの密林のような困難な地を歩むときにはどうすればよいのでしょうか。主にある者はたとえヨルダンの密林のような困難な地を歩むことがあっても、平穏に歩むことが出来るのです。主がともにおられるからです。
「あなたが徒歩で行く者と競っても疲れるなら どうして馬で行く者と争えようか。平穏な地でだけ、安んじていられるのなら ヨルダンの森林ではどうするのか。」(エレミヤ12・5)