苦難の穴倉

私たちは苦難の中でこそ、最も素晴らしい神からの慰めを受けることができるのです。
・・・
主キリストがその苦難の穴倉に隠し、蓄えておられる豊かな慰めのワインを見つけ出してください。天上において与えられる喜びは地上で受けた試練のゆえにより甘美なものとなるのです。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、152頁f

2021年4月15日(木)

詩編の119編71節の中で、新改訳で「苦しみにあった」と訳されている言葉は、新しい共同訳では同じように「苦しみに遭った」と訳されていますが、新共同訳では「卑しめられた」と訳されています。

卑しめられるというのは、蔑(さげす)まれる、とか、見下げられる、ということですから、精神的な苦痛を想像させます。

どのような苦しみの中であっても、そこに神さまは祝福を用意していてくださいます。神さまの掟を学ぶという祝福の道が備えられているのです。

「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」(詩編119・71)