苦悩は私の家の最も高価な家具の一つであり、また、牧師の書架の最も価値ある蔵書の一冊なのです。
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ウィリアム・ジェイが、鳥の巣は夏には見つけ難いが、冬にはだれでも容易に見つけることができると伝えています。すべての木の葉が落ちたとき、木は丸裸にされ、巣が見つけやすくなるからです。私たちが豊かなときにはかえって信仰を見いだすことは困難です。しかし、逆境に遭遇し、厳しい冬の試練によって木の葉が丸裸にされると、私たちはすぐさま信仰を見いだすことができるようになるのです。C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、150頁ff
2021年4月14日(水)
「信仰を見いだすことができる」とは、その人のうちに信仰があるかないか真価が試されるという意味ではなく、普段は埋もれて見向きもされなかった信仰が、いよいよ役に立つものとして登場するといった意味でしょう。
何不自由なく暮らしていると、人生が信仰以外のものに彩られていることで満足し、信仰は添え物のような状態にされています。しかし、試練に会うと、信仰以外のものがまったく無力であることが明らかにされ、信仰こそ人生を導く力であることが確かにされるのです。
「わたしは迷い出て、ついに卑しめられました。今からは、あなたの仰せを守らせてください。」(詩篇119・67)