病の床にある聖徒のほうが、雄弁な説教者よりも神によって用いられることがしばしば起こります。
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あなたの日常生活が目立つことなく、だれにも気づかれずに歩んでいるとしても、聖なる者、心の強い者になりなさい。そうすればあなたは、「ただじっと待つだけであっても神に仕えることができる」ということがわかってくるでしょう。あなたがたはただ主イエスの足もとに座り、主が語るおことばを聞くだけでよいのです。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、116頁f
2021年3月19日(金)
私たちは、神さまに用いていただくために、神さまによって召していただきました。神さまの愛の御手の中にあるときに、良い実を豊かに結ぶことができます。もんだいは何をどう成すかではなく、いかに主の御手の中にあるか、であると思います。
「主よ、その人が病の床にあるとき、支え 力を失って伏すとき、立ち直らせてください。」(詩編41・4)