私たちが無であることは

主の右の腕は、聖徒たちを支えるために常に頭上に上げられています。神の知恵が彼らの幸いを見守り、愛に満ちた神の心臓は絶えることのない優しさを伴って静かに鼓動しています。神は、選ばれた者を守るために身を低くして多くの働きをなさっています。

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天に召された人たちの見えない霊が神の愛する聖徒たちに仕え、天の軍勢が常に私たちを見守る用意をしているのです。ですから、恐れる必要はありません。

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私たちが無であることは、むしろあなたから祝福を受けることのできる基です。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、69頁f

2021年2月13日(土)

神さまの優しさは、いつどのようなときも、私たちとともにいてくださるということの中に豊かに現れています。

「エステルは答えた。『もし王のお心に適いますなら、今日私は酒宴を準備いたしますから、ハマンと一緒にお出ましください。』」(エステル記5・4)