「主は聖なる者の集いにおいて恐るべき神」・・・・・・
これは、<一人一人の人間は、自分が信仰のおいて弱いことを知る場合にも、「聖なる者の集い」の中で、自分の崩壊した信仰の力を新しく建て直してもらうことができる>ということではないだろうか。リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、244頁
詩篇89編7節
2012年7月21日(土)
信仰は個人的に、人格的に神さまとの関係が築かれることです。しかしそれは個人主義的な生き方を私たちに進ませることではありません。信仰共同体の中で健やかに生かしていただける道に歩むことです。
信仰が弱くなるときも、私たちは集いの中で励ましを受け、新しい力をいただくことができます。
礼拝に、各集いに期待をもって集いたいと思います。
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