一度は、聖金曜日の前夜、・・・二度目は、ペンテコステを前にして…。
聖晩餐の提供は、赦しが必要だということを自ら知っている罪人に対して語られたものであるが、聖霊の提供は、赦しを受け信頼をもって食卓に近づき主のからだと杯によって力づけられ慰められ励まされた神の子に対して語られたものである。リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、203頁
ヨハネ20章22節
2012年06月12日(火)
聖霊を受けよ、と聖書は語ります。素直に受けたいと思います。受ける資格のないものですが、一方的な神さまの愛によって語られているのですから、ごちゃごちゃ考えないで素直に受けたいと思います。
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