しかし、人が、地上での自分のあらゆる栄光の欺瞞を洞察して、空虚で貧しく侮られた者でありつつも自分の神に出会うことを開始するとき、彼は次のことを経験するだろう。すなわち、「わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって充満して下さるであろう」ということを。
リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、200ページ
ピリピ4章19節
2012年06月09日(土)
欺瞞とは広辞苑によると「人目をあざむき、だますこと。」と書かれていました。
「自分のあらゆる栄光の欺瞞」ですから、自分の中にある輝いている人目をだましていることです。
このようなものの上に人生を築いているとすれば、それは砂の上に建てた家と同じです。このような欺瞞をしっかりと洞察しなければなりません。洞察することは、自分自身の空しさに出会うことであり、貧しさに出会うことです。しかしそこでこそ神さまにお出会いすることができます。
ひとたび神さまにお出会いするならば、神さまは栄光の富をお持ちですから、その富の中から、私たちのいっさいの必要を与えてくださり、満たして下さいます。
この神さまは、誰かれの神ではなく、自分の神、そしてあなたの神です。
神さまにお出会いしませんか。
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