イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒やされた

静まりの時

  • テーマ:主のいやし
  • 聖書箇所:マタイ8・5~17
  • 日付:2026年09月11日(金)

16 夕方になると、人々は悪霊につかれた人を、大勢みもとに連れて来た。イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒やされた。

今朝の聖書の個所は5節以下ですが少しさかのぼって、マタイ8章1~17節には、山上の説教を終え山から下りられたイエスさまが、いやしを求めてやって来た人びとをいやされたことが記されています。ツァラアトに冒された人、百人隊長のしもべ、ペテロの姑、そして大勢の悪霊につかれた人。

当時はイエスさま以外にもさまざまないやしが行われていたようですが、この個所からイエスさまのいやしに特徴的なこととして、ことばによる癒しであること、いやしは異邦人にまでも及ぶこと、などが挙げられるでしょうか。

これらのいやしの出来事をまとめるように、17節に旧約聖書イザヤ書のことばが引用されています。主のいやしは、旧約聖書の成就である、と。

主のいやしによって何が成就したのか。引用されたイザヤ書は、イザヤ53章からでした。

「彼は私たちのわずらいを担い、
私たちの病を負った。」

主のいやしは、主が私たちのわずらいを担ってくださったことである、私たちの病を負ってくださったことである、その旧約聖書のことばがここに成就した、と聖書は語ります。

神さまが私たちのわずらい、病を担い負ってくださる。それが神にいやされるということである、と聖書は語るのです。

神さまに担われている、神さまに背負っていただいている、という信仰は、私たちがいやされている、ということの証しです。たとえ病の中にあってもこの信仰をいただいている人は癒されているのです。たとえ心身ともに健やかな中にあるとしても、主に担われている信仰がないならば、私たちはわずらいの中に依然生きていることになります。