月: 2026年7月

  • 彼らのことばによってわたしを信じる人々のために

    静まりの時

    • テーマ:教会の一致
    • 聖書箇所:ヨハネ17・20~26
    • 日付:2026年07月09日(木)

    20 わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。
    21 父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。

    イエスさまは祈ってくださいました。目の前にいた弟子たちのためにだけではなく、その弟子たちのことばによってイエスさまを信じるようになった人びとのために祈ってくださいました。

    弟子たちのことばによってイエスさまを信じるようになった人びととは、私たちのことです。イエスさまは私たちのために祈ってくださったのです。

    その祈りの内容は、「すべての人を一つにしてください」。すなわち教会の一致、さらには世界の一致です。世界が一つとなって、戦いがなく、互いに平和の中に生きることができるようにと祈ってくださいました。

    一つになるとはいったいどういうことであるのか。ここには、父なる神がイエスさまのうちにおられ、イエスさまが父なる神さまのうちにいる。そのようにすべての人が「わたしたち」すなわち、父なる神とイエスさまとの交わりのうちにいる。そういう一致です。

    私たちは互いに違いを持っています。世界の人びとも、あるいは世界の国々も互いに違いがあります。その違いをそのままに一つになる。そういう交わりの中に生きるようにと、主が祈ってくださいました。

    教会が一つになること。教会の歴史は分裂の歴史です。政治的な理由で、あるいは経済的な理由での分断がありました。それ以上に、互いに自らの正義を主張して分裂するということがありました。どんなに主が悲しんでおられることだろうかと思います。いまこそ教会は一つになる努力をしなければなりません。

    また主は「すべての人を」と祈られたのですから、世界が一つになることをも祈られたのだと思います。世界が、キリストにあって一つになる。それは皆がキリスト教になるということかもしれません。しかしそれだけではないように思います。互いの違いのままに一つになる、というのは、もしかしたらもっと壮大な意味で一つになることを祈られたのかもしれません。

    もしそうであるならば、キリスト教会の役割、あるいは責任は、さらに壮大なものとなります。