静まりの時
- テーマ:主を喜ぶ
- 聖書箇所:雅歌2・10~17
- 日付:2026年07月21日(火)
10 私の愛する方は、
私に語りかけて言われます。
「わが愛する者、私の美しいひとよ。
さあ立って、出ておいで。
神さまとイスラエルの民を恋人同士の関係に置き換えて愛の歌が交わされます。キリスト教会では三位一体の神さまと主にある者、キリスト教会との間で交わされる愛の歌と理解していいと思います。
神さまのことをキリスト教会は、私の、あるいは私たちの愛する方、と呼びかけます。そのお方が、私に(私たちに)語りかけて言われます。
神さまはご自身を愛する者、そしてご自身が愛される者に向かって語りかけてくださるお方です。
「わが愛する者、私の美しいひとよ」と語りかけてくださいます。
16 私の愛する方は私のもの。
私はあの方のもの。
あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。
17 私の愛する方よ。
そよ風が吹き始め、影が逃げ去るまでに、
あなたは戻って来て、
険しい山々の上のかもしかや
若い鹿のようになってください。
神さまとの愛の交わりの中に入れられているキリスト教会は、神さまに向かって、神さまは私のものである、ということができます。また同時に私自身が神さまのものである、と告白することができます。
神さまが私のものである。神さまは私よりも大きなお方ですから、私の中にすっぽりと入れてしまうことができません。ですからこの告白は同時に、私は神さまのものである、との告白でもあります。「私はあの方のもの」。
そよ風が吹くと、影が逃げ去るので、神さまの前にある自分も、自分の前におられる神さまも、鮮明、になります。かつてそよ風の吹くころ、罪を犯したアダムとエバは自らが鮮明になることを恐れて逃げました。今主の十字架と復活によって贖われた私たちは、神さまが、そして私が鮮明になることを喜びます。力強く立ち上がり神の右の座に座してとりなしていてくださる主を仰ぎ見ます。