王は律法のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた

静まりの時 第二歴代誌34・14~21
日付:2023年05月08日(月)

14 彼らが、主の宮に携え入れられていた金を取り出していたとき、祭司ヒルキヤは、モーセを通して示された主の律法の書を見つけた。
15 ヒルキヤは書記シャファンに知らせて、「主の宮で律法の書を見つけました」と言った。ヒルキヤがその書物をシャファンに渡すと、
16 シャファンは、その書物を王のもとに携えて行き、さらに王に次のように報告した。「しもべたちに委ねられたことは、すべてやらせております。
17 彼らは主の宮にあった金を取り出して、これを監督者たちの手と、工事をしている者たちの手に渡しました。」
18 さらに書記シャファンは王に告げた。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」シャファンは王の前でそれを朗読した。
19 王は律法のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。
20 王はヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカの子アブドン、書記シャファン、王の家来アサヤに次のように命じた。
21 「行って、見つかった書物のことばについて、私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、主を求めよ。私たちの先祖が主のことばを守らず、すべてこの書に記されているとおりに行わなかったために、私たちの上に注がれた主の憤りが激しいからだ。」
(第二歴代誌34・14~21)

「彼らが、主の宮に携え入れられていた金を取り出していたとき、祭司ヒルキヤは、モーセを通して示された主の律法の書を見つけた。」(14)

 「主の律法の書」は、「主の宮に携え入れられていた金」を「取り出していたとき」に
発見されました。神殿の工事が進むために、その費用をきちんと工事業者に渡す作業のさなかに、御言葉は発見されたのです。思いがけない発見でした。
 御言葉を求める私たちに神さまは御言葉を与えて下さいます。しかし求めていなくても、私たちに御言葉が必要なことを神さまはご存じです。御言葉が必要な時に、神さまはご自身の御心のままに御言葉を私たちに与えて下さいます。
 私たちは御言葉を求めて礼拝に集います。しかしそこで語られる御言葉が必ずしも「私」が求めたいと思ったものであるかどうか。むしろ求めたくないような御言葉が語られることもあるでしょう。御言葉との出会いは不思議です。思いがけない発見であり、出会いなのです。
 思いがけない御言葉との出会いがあった時に人間の取る態度は二つだと思います。拒否するのか、受け入れるのか。

「王は律法のことばを聞いたとき、自分の衣を引き裂いた。」(19)。

 王は受け入れました。御言葉の前にへりくだり、その御言葉に自らを従わせようとしたのです。ここが分かれ道です。御言葉との出会いは、祝福された人生を歩めるかどうかの岐路に立たされることなのですね。
 イスラエルは度々このような経験を神さまからいただきました。そうして御子イエスさまはまことの「御言葉」として私たちのところに来てくださいました。この主の前に衣を引き裂くことができるかどうか。今日もイエスさまを主として歩もうとするかどうか。岐路に立たされています。

 礼拝ビデオ配信で、画面構成についていろいろ工夫をして楽しんでいるのですが、簡単にビデオカメラを平行回転できないものかと考え、テレビ回転台を利用することにしました。液晶テレビの普及によってか、ブラウン管用のテレビ回転台がなかなか見つからず、ネットを調べると1000円近くしていてちょっと躊躇していたのですが、100均で見つけました! 100均ショップですが税込みで220円。やりました! さっそく養生テープで三脚を固定し運用開始。プロジェクター操作にもひと工夫が加わりなかなか前進しています。

 教会に運ばれたジャーマン・アイリスの開花が進んでいます。昨夜は風が強かったのですが、倒れることもなく、教会を華やかにしてくれています。