主はそれを見守る者

静まりの時 2022年3月29日(火)
イザヤ27・2~6

「・・・わたし、主はそれを見守る者。絶えずこれに水を注ぎ、だれも害を加えないように、夜も昼もこれを見守る。・・・」

(イザヤ27・3、新改訳2017)

 ヤコブ、すなわちイスラエルの国は、神さまによって造られ守られているぶどう畑のようなものである、とイザヤ書は語りました。今日、イエスさまを信じる私たちもぶどう畑であり、またイエスさまを信じる群れである教会もぶどう畑である、と言えるでしょう。

「時が来れば、ヤコブは根を張り、イスラエルは芽を出し、花を咲かせ、世界の面を実で満たす」(6)と続きます。

 神さまによって見守られ、神さまによって絶えず水が注がれています。だれも害を加えることのないように、夜も昼も神さまは見守っていてくださいます。ですから時が来ると、おのずと根を張り、芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶのです。世界の面(おもで)を、世界の地の全面をその実で満たすのです。いたるところに実りが満ちていくのです。それが主にある者の人生であるといいます。