静まりの時 2022年3月13日(日)
マタイ11章25ー30節
「わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。」
(マタイ11・29)
人生にはさまざまな重荷があります。重荷を背負い続けることには限界があります。「安らぎを得る」ためには、その重荷を「降ろす所」が必要です。誰かに相談をすること。自分で何もかも抱えようとするのではなく、誰かに共に背負ってもらうこと、助けてもらうことが必要です。そのような「友」を持つことは、人生の幸いの一つです。しかしそのような友が都合よくいてくれることばかりではありませんし、友がいても重荷の内容によっては、分かち合えないこともあるでしょう。イエスさまは、まことの神さまであり、私たちの重荷をよくご存じのお方です。イエスさまのところこそ、私の重荷を降ろすことのできる場所です。
さらにイエスさまは「わたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます」と語られました。重荷を降ろすだけではなく、くびきを負う、ということをして「たましいに安らぎを得る」と語られているのです。重荷を降ろすだけでは、安らぎを得る道の半分しか進んでいません。完全な安らぎを得るためには、それぞれにイエスさまから与えられている十字架を背負うことがどうしても必要なのです。