あなたの男奴隷や女奴隷が、あなたと同じように休むことができる

静まりの時 2022年2月1日(火)
申命記5・12~15

「・・・七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはいかなる仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子や娘も、それにあなたの男奴隷や女奴隷、牛、ろば、いかなる家畜も、また、あなたの町囲みの中にいる寄留者も。そうすれば、あなたの男奴隷や女奴隷が、あなたと同じように休むことができる。・・・」

(申命記5・14、新改訳2017)

 出エジプト記20章の安息日の戒めと比較すると、この申命記の方は、安息日を守る理由が少し変化している、あるいは付け加えられているような気持になります。
 出エジプト記20章では11節に、安息日を守る理由が「それは主が・・・休んだからである」と記されています。申命記の方には、自分たちだかつて奴隷であったこと、そこから主によって解放されたこと、そのことを忘れないため、そして自分たちが休むことによってともに生きる人、家畜も休むことができるのだ、ということが記されています。
 安息日を守ることは、神さまを愛すること、大切にすること、とともに、隣人を愛すること、大切にすることが、その目的である、ということがより明確にされているといえるでしょう。神さまを愛し隣人を愛する。それが安息日規定なのです。
 安息日は土曜日なので、今日キリスト教会では、土曜安息を守っていません。代わりにというわけではありませんが、日曜日を聖なる日として礼拝をささげる日として大切にしています。日曜日の礼拝は主日礼拝と呼ばれますが、それとともに聖日礼拝という呼び名も大切にされてきました。日曜日の礼拝でキリスト者は神さまを礼拝することで神さまを愛し、また共に礼拝をささげることで隣人への愛を確かにします。礼拝での兄弟姉妹の交わりは礼拝の大切な要素です。なかなか時間がないかもしれませんが、礼拝後すぐに帰宅されるのではなく、少しでも兄弟姉妹と交わりの時、祈りの時を持っていただきたいな、と思います。
 今日でも安息日と称される日は土曜日ですが、キリスト者は、イエスさまが復活された日である日曜日を礼拝の日としてきました。初代の教会はユダヤ人から始まりましたので、当初は土曜日の安息、そして日曜日の朝の礼拝をともに大切にしてきたようです。それが異邦人キリスト者が増えるにしたがって、日曜日の礼拝のみが習慣化されるようになりました。もとより初代教会は毎日礼拝をささげていましたが。
 安息日の戒め、というと安息日を「守る」という印象ですが、キリスト者は主の復活を記念し喜ぶことを礼拝の旨としています。ですから「守る」というよりも、「喜び」をもって「ささげる」ということが礼拝のこころです。

 自分たちが休むことによってともに生きる人たちも安心して休むことができるようにとの戒めとは、何と愛とやさしさに満ちた戒めでしょう。
 むかしアメリカのキリスト者たちは日曜日の礼拝をささげた後は、レストランに行って家族で食事をし、奥様(お母さん)に仕事をさせないのだ、などということもあったとか、なかったとか。しかしそれは自分たちが休むことで、かえっていろいろな人に仕事をさせていることではないか、と思ったりもしました。
 日本でも私たちが安心して日曜日に礼拝をささげることができているのは、その間、欠かさず、警察、消防、休日診療所、その他公共の機関などが休みなく働いていてくださるからでしょう。ここ2年ほど感染症対策でできていませんが、教会学校での6月の花の日訪問は、その感謝をするときとして大切にしてきました。本当に申し訳程度のことかもしれませんが、少しでも感謝を忘れないようにしたいと思います。また教会は、日曜日の午前の礼拝だけではなく、休みなく運用されている仕事に従事している方々が礼拝に参加しやすいような礼拝時間を工夫することが大切だと思います。日曜日の朝だいたい10時ごろからの礼拝時間の設定は、ヨーロッパにキリスト教が伝わり、農耕文化の中で、ちょうど一休みする時間がその時間だったといわれたりします。特に牧畜という仕事は日曜日だからと言って休むことができませんので。つまり「ともに交わるための都合のよい時間」が礼拝の時間設定の根拠となったということです。個人主義の中で自分の都合のよい時間を選んだのではありません。共同体の理由です。そのへんは今日の複数礼拝時間とは少し違うのかもしれません。

 昨日は月末で、いわゆる月末統計の日で、団体会計作業をしました。団体助成金、活動費、その他の会計処理、所得税、地方税の支払い、などなど。少し金額の合わないところがあり時間がかかりましたが、無事完了。お金がきちんとなると気持ちがいいですね。
 午後には、母の買い物の付き合いで妻と守山に行きました。その関係でウォーキングができませんでしたが、室内自転車は少しレベルをアップすることができました。良い天気の一日でした。