静まりの時 2022年1月12日(水)
「・・・たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。・・・」
(第二コリント4・16~18、新改訳2017)
どのようなときにも落胆しない生き方は、見えるものにではなく、見えないものに目を留めることによって生まれます。
見えないものとは、17節では「重い永遠の栄光」でしょう。それは「一時の軽い苦難」によってもたらされると語られています。一時の軽い苦難は見えるものなのだと思いますが、その一時の軽い苦難という見えるものの中に、見えないものである「重い永遠の栄光」を見るとき、落胆しない生き方が生まれるというのです。
また見えないものとは、16節では「内なる人」のこととも考えられます。日々衰えていく、共同訳では「朽ちる」と訳されている「外なる人」に目を留めるのではなく、日々新しくされている「内なる人」に目を留めることによって、落胆しない生き方が生まれるということでしょう。
大切なことは、視点をどこに置くか、何を見ようとしているか、によって人生が変わって来るということでしょう。
内なる人は日々新しくされているのです。すべての人は神さまのいのちの息吹が吹き込まれている存在です。今日もまた新しくされています。今日も神さまによる新しい創造の中に生かされているのです。