定められた時々のため

静まりの時 2022年1月5日(水)

「神は仰せられた。『光る物が天の大空にあれ。昼と夜を分けよ。定められた時々のため、日と年のためのしるしとなれ。・・・」

(創世記1・14~19、新改訳2017)

 神さまは「光る物」を創造されました。それは明らかに太陽であり月です。しかしここには太陽や月ということばを使っていません。古代太陽や月は信仰の対象であり、神々の名前でした。その名称を避けるとともに、それらは造られたものであり、造ったお方は聖書の神である、と語ります。聖書の神を信じる者は、月、星、太陽を礼拝しません。それらによって占う人生から自由にされました。
 時間は「はじめに」(1)と語られた瞬間に、永遠から一歩出て「存在」しています。時間、時というものも神さまによって創造されたものです。その「時」がここで、神さまによって造られたものである、ということを思い起こすために、光る物が備えられました。私たちは、太陽や月、星を見るごとに、今生かされている「時間」が神さまの御手の中にあることを知ります。

「すべてのことには定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。・・・ 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。」(伝道者の書3・1~11)

 与えられた時間が神さまの創造の御業であることをあらためて発見し、豊かな時々を今日も生きたいと思います。