神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた

静まりの時 2022年1月4日(火)

「神は仰せられた。『天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ。』すると、そのようになった。神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神はそれを良しと見られた。神は仰せられた。『地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。』すると、そのようになった。地は植物を、すなわち、種のできる草を種類ごとに、また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた。神はそれを良しと見られた。夕があり、朝があった。第三日。」

(創世記1・9~13、新改訳2017)

 神さまは地を創造されました(1)。神さまは水を分けて地をお造りになられました。地と分けられた水を海と名づけられました。神さまはそれぞれを良しと見られました。「地」や「海」は神さまに愛されている存在です。

 地は神さまの愛の中にあり、つねに海の浸食から、その脅威から守られています。神さまは砂浜をもって守っていてくださいます。時に浸食され、時に水が引き、とその境界線はつねに流動的です。コンクリートブロックのような一歩も揺るがない境界線ではなく、細かく小さい砂粒の集まるつねに形を変える砂浜によって守っていていてくださいます。神さまのお造りになる境界線は、柔和に満ちています。

 地を愛された神さまは、その地に種のある植物を芽生えさせてくださいました。無から有を創造する神さまは、いま「種」を造ることにより、その創造の御業を新たな段階に進めておられます。やがて人が造られたときに、その「種」を人に管理させる、すなわち有限な人間に、本来神さまだけがお持ちであった「創造の喜び」をお分かちになろうと下準備をなさるのです。人間はやがて地を耕し種をまくものとして、この地にあって生きる喜びをいただきます。

 このような神さまが今日も私たちとともにいてくださいます。