静まりの時 2022年1月6日(木)
「神は仰せられた。『水には生き物が群がれ。鳥は地の上、天の大空を飛べ。』・・・」
(創世記1・20~23、新改訳2017)
神さまは、天と地に、それぞれ「生きるもの」を創造されました。いまや天と地は、いのちの満ちるところとなりました。そうしてそれらを祝福されました。空の鳥、海の魚は、神さまの祝福の言葉によって生かされています。見渡す大空の果てまでも、また海の果て、深海の果てまでも、祝福の言葉を語られる神さまの御手の中にあります。
「たとえ私が天に上っても そこにあなたはおられ 私がよみに床を設けても そこにあなたはおられます。私が暁の翼を駆って 海の果てに住んでも そこでもあなたの御手が私を導き あなたの右の手が私を捕らえます。」(詩篇139・8~)
イエスさまは、天から地に降ってきてくださいました。そして十字架に死に、陰府に下られ、三日ののち復活され、天に昇られました。イエスさまのおられないところはどこにもありません。
魚は主の御手の中で御言葉の宣教のために用いられます。魚をすなどる漁師たちを弟子として召されました。税を払うのにガリラヤ湖の魚を用いられました。飢える四千人、五千人の人びとをパンとともに魚をもって満たされました。復活の主は、弟子たちとともに魚を食されました。
鳥は主の御手の中で御言葉の宣教のために用いられます。わずかの金額で売られている売られる鳥たちにもイエスさまは目を留めておられます。空の鳥を養うお方が誰であるのか、ましてや私たちを養っていてくださるお方に目を留めよ、と主はお語りになられました。
「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。」
(マタイ6.26)
昨日は団体の会計業務のため、午前に郵便局と銀行、午後にもう一度郵便局に、自転車で出かけることができました。これで年末調整の還付金を先生方に送ることができました。感謝です。また加えて夕刻のウォーキング、室内自転車も30分間漕ぐことができました。
一昨日は冷たい雨の中、傘を差しながらのウォーキングでしたが、昨日は晴れ間も見えるなかに歩くことができ感謝でした。以前にも書いたかもしれませんが、10月ぐらいに冷え込む日があったとき、風の冷たさに心が折れそうになっていたのですが、冷たい雨の中に傘をさしてまでも歩く「気持ち」をもつまでになったことを感謝しています。付き合わされる妻はちょっと大変かもしれません。