静まりの時 2021年10月26日(火)
昨日は母の買い物に妻が付き合っている間、カレールーとカップラーメンの塩分量についての研究で時間を過ごしました。カレールーに表示の一皿分の塩分量はほぼ2グラム強といったところ。私の一食分の塩分量に相当するのですが、他にも食するわけですから、やはりちょっと多いでしょうか。この塩分量をはるかに超えるのがカップラーメンで、5グラム以上のものがほとんどでした。食べるならば、スープは飲まない方がよいようですね。それにしてもカレールーをとっては表示を確認し、棚に戻す、カップラーメンを一つずつ取っては表示を確認し棚に戻す、なかなかあやしいおじいさんが食品売り場にいたことが、守山の平和堂のスタッフのあいだで話題になってはいないだろうかと、楽しくなりました。
雨もあったのですが、時間的にも昨日はウォーキングをお休みしました。それでも五千歩ほど歩いたことになっていました。
今朝は明け方、なんか息苦しいな、と思ったら猫が胸の上に乗っていました。まったく、やめていただきたいものです。
今朝のデボーションテキストからの聖句は第二テモテ1章12節。
「そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。」
福音宣教に生きる者とされたことで苦しみを受けているが、自分はそれを恥としていない、いつも胸を張って生きていることができる、それはイエスさまを信頼しているから、その信頼しているイエスさまがどんなお方かを知っているから、そして「わたしにゆだねられているもの」を守って下さることを確信しているからです、とパウロは語りました。
イエスさまを信じている者は、どんな苦しみの中にあっても胸を張って生きることができるのですね。感謝です。
今日は、団体・本部理事会の日です。オンラインでの会議ですが、久しぶりに先生方との交わりが与えられます。感謝です。