静まりの時 2021年10月18日(月)
「それで、わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。」(新共同訳)
(テサロニケの信徒への手紙第2 1章4節)
毎朝新しい主からの恵みが与えられ、朝ごとに今までになかった新しい一日が始まります。
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私たちの歩みは、神によってすべてが与えられる毎日の連続です。それらの日々がこの上ない価値があることを教えてくださいと神にお願いしましょう。C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、410頁ff
テサロニケの教会は「迫害と苦難の中」にありました。イエスさまを信じて新しく生き始めたばかりに、社会から迫害を受けるようになり、その苦難の中に生きることを強いられたのです。
そのような中にあってテサロニケの教会は「あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっている」(3)といいます。そしてそのようなテサロニケの教会をパウロは「神の諸教会の間で誇り」(4)に思っているといいました。またこのような「迫害と苦難」は「あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠」(5)であると語ります。
苦しみに出会ったとき、その苦しみにはさまざまな原因があることでしょう。またさまざまな原因を求めたくなることでしょう。しかし「あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです」(5)とパウロが語るように、神さまのため、天の御国に生きるため、あるいは神さまのご支配が豊かに現れるためであると、信仰を持って受け止めたいと思います。
「あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっている」(3)
「信仰が成長する」ということは「お互いに対する一人一人の愛」が「あなたがたすべての間で豊かになっている」ということである、とパウロは語ります。
具体的な信仰生活の場にあって互いの愛が豊かになる、それこそ信仰の成長であるというのです。主イエスさまは、神さまを愛すること、そして自らを愛するように隣人を愛すること、この二つが一つとなる信仰生活こそ、律法を真実にまっとうすることである、といわれました。大きなことはできませんが、きょうも具体的な一つの愛を傾けて生きることができるようにと祈りたいと思います。
昨日は主の日。礼拝をともにささげることができ感謝します。また昨日は選挙があり午後に、投票所となった近くの中学校へ妻とともに歩きました。しばらく例年にない暑い日が続いていたのですが、昨日から急に寒くなり、冷たい風が吹く中を歩くことになりましたが、歩くことができていることを本当に感謝しました。
いま普通選挙が当たり前の世界に生きていますが、ほんの数十年前までは、国民の一部の人しか投票できなかったのですね。普通選挙のために多くの人たちの努力があるのですが、そのなかでキリスト者たちの祈りも少なくなかったといわれます。投票できることも大切にしたいと思いました。