祈りによって

静まりの時 2021年9月4日(土)

神の約束は豊かで尽きることがありません。そして、その約束の成就は祈りによって与えられるのです。
・・・
主は約束のことばの中に隠されている宝を祈りの場にあふれるばかりに注ごうと待ち受けておられます。ですから、祈り求めなさい。一切はあなたがたのものだからです。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、348頁ff

この御言葉は「・・・あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです」と続きます。聖書の文脈は、おそらくすべてのものは神さまの御手を離れては存在していないといことを言わんとしているのだと思います。ですから祈りによってすべてのものはあなたがたのものとなる、というこのスポルジョンのことばは、少し文脈を離れていると思いますが、しかし私たちが祈りをもって神さまの前に親しくあることを、神さまがお求めになっておられることは、確かなことだと思います。
入院中も、幾度となく患部である胸に手を置いて、いやしてください、と祈りました。それは単なる慰めというのではなく、身体をお造りになり、いまもその節々に至るまで御手の中に置いていてくださるのが神さまである、十字架と復活をもって確かな愛を示してくださったお方の手の中にあるという信仰によることです。神さまの御手の中にあるということは、何と大きな支えなのでしょう。

今日は備えの日です。明日の主の日の準備に、朝から幾人かの方が準備に来てくださいます。感謝です。祈りの備えをもって明日に臨みます。緊急事態宣言中で、ともに集っての礼拝はありませんが、つながる方々の祝福を祈ります。明日も説教は藤本先生のビデオ説教となります。先週は音声があまり聞こえなかったと思いますが、明日は配信のしかたを改善しますので、先週よりはよく聞こえるようになると思います。

「パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、」(1コリント3・22)