非常に小さな物

静まりの時 2021年8月24日(火)

主は、私たちの生活にとって欠かすことのできない非常に小さな物にも深い関心をもっておられます。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、333頁ff

食べる物、食物は大切です。主イエスさまは、私たちの食べる物について深い関心をお持ちになっておられます。私たちが食べる物に困窮するとき、主は食べる物を備えようとしてくださいます。
それにしても何でもご存じの主ですから、弟子たちに問うまでもなく弟子たちに食べる物がないことを主はご存じであったと思います。にもかかわらず主は問われました。そして弟子たちはそれに答えました。この主と弟子たちとの対話こそ重要なことではなかったかと思います。食べ物がない、という否定的な現実を通して、主との交わりが生まれているのです。喜びの時も悲しみの時も、豊かな時も貧しい時も、その時々のテーマが主との交わりを生み出します。そこに信仰生活の豊かさ、そして喜びがあります。

今回の緊急手術が早朝だったので、その日の朝食から翌日の朝食までの合計4食が絶食となりました。翌昼食から食事が始まったのですが、医師からは無理に食べないで食べられるだけにしてください、と言われていました。しかし空腹もありましたが、それ以上に食べることが何か生きることに直結するように思えて、完食することができました。そのときまで血圧が80を切る状態だったのですが、この食事から血圧が90を超えるようになりました。食べるということは、生きるということと深く結びついていることを感じました。イエスさまは、食べるということをとても大切なこととして、私たちに教えてくださいました。

「イエスが、『子たちよ、何か食べる物があるか』と言われると、彼らは、『ありません』と答えた。」(ヨハネ24・5)