神の御言葉を深く思うことができれば

あなたが神の御言葉を深く思うことができれば、あなたの悲しみはたちまちやわらげられます。
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ただ静かに座って「私は慰められるであろう」と言うだけでなく、深く瞑想し、益となるテーマを探し出してください。
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ダビデがあたかも自分を他人であるかのように自らに語りかけた、次の御言葉「わがたましいよ・・・」(詩篇42・5)を思い起こしてください。ここでは二人のダビデが存在し、互いに語り合い、慰め合っています。私たちの常に自分の中のもう一人の自分と良き友人になり、互いに語り合うべきです。そして、深い悲しみの中にあっても自分で自分を慰めなければなりません。
このことを学び取るとき、あなたは他の人を慰める術(すべ)を身につけるでしょう。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、120頁f

2021年3月22日(月)

黙想すること。瞑想し、観想すること。詩篇の1篇2節にある「その教えを口ずさむ人」の「口ずさむ」は英訳の聖書では「meditate」と訳されています。黙想することのなかには、聖書の御言葉を口ずさむことも含まれているということでしょうか。

慰めの言葉を、自分自身に語ること。観想的生き方のなかに実現されるのだと思います。

「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 『御顔こそ、わたしの救い』と。」(詩編42・6)