神がその手に鋭いメスを取られるとすれば、それはあなたに癒しを与えるためです。農夫たちは、捨てようとする葡萄の木を剪定することはありません。また燃やそうとする雑草を脱穀することもありません。・・・もしあなたが主の父としてのあわれみという祝福された事実を、信仰によってしっかりともち続けることができるなら、確かな慰めを手にするのです。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、59頁f
2021年2月6日(土)
「主の父としてのあわれみ」という「祝福された事実」。聖書の語る祝福とは、父のあわれみ、である、といいます。罪びとであり、滅びに向かうしかなかった私たちに、御子イエスさまの十字架と復活によって、その罪の一切を赦し永遠の命を与えてくださった、こと。これに尽きるということです。
「恵み深い主に感謝せよ 慈しみはとこしえに。」(第一歴代誌16・34)