神が私たちの耳を掘り、神の言葉をよく聞けるようにしてくださった。だから、今は、正しくよい知らせを伝えることができる。唇を閉ざされることはない。ここにも神の恵みがある。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、352頁
2020年11月29日(日)
み言葉を聴くということも、それが実現するのは、神さまのみわざによってである、と聖書は語ります。そうしてみ言葉をよく聞けるようにしてくださることによって、正しく良い知らせを伝えることができる者とされるのです。聞くことがないと、語ることも成り立たないのです。説教者とはまず聞く者なのです。
「あなたはいけにえも、穀物の供え物も望まず 焼き尽くす供え物も 罪の代償の供え物も求めず ただ、わたしの耳を開いてくださいました。・・・わたしの神よ、御旨を行うことをわたしは望み あなたの教えを胸に刻み 大いなる集会で正しく良い知らせを伝え 決して唇を閉じません。主よ、あなたはそれをご存じです。」(詩編40・7-10)