主イエスの審美眼

神が造られたものの美しさを、ソロモンの栄華にもまさると見ておられた主イエスの審美眼を私たちも得ているのであろうか。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、339頁

2020年11月16日(月)

人間の作るものに美しさを見いだす以上に、神さまの創造のみわざに美しさを発見する審美眼。信仰に生きるということは、その審美眼をいただくこと、育てることです。

「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。」(マタイ6・28-30)