礼拝に出席する者の、まず耳が問われる

礼拝に出席する者の、まず耳が問われる。だがその耳がふさがっていないように、まるで母が子の耳をほじるように、神がきれいにしてくださる。そのように備えられて、私たちは言う。神よ、ごらんください。何の供え物の用意もありませんが、私たちはあなたに聖なる者とされてみ前にあります! と。そしてみ言葉を聴きつつ言う。み言葉は私の臓腑に、私の全身に染み込んでいます!

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、317頁

2020年10月26日(月)

神さまが私の耳を開いて下さらなければ、神さまの言葉が聞こえてきません。神さまは私の耳を開いてくださいます。それで私たちは何よりも神さまのお言葉を聴くことを喜びとします。

「あなたはいけにえも、穀物の供え物も望まず 焼き尽くす供え物も 罪の代償の供え物も求めず ただ、わたしの耳を開いてくださいました。そこでわたしは申します。御覧ください、わたしは来ております。わたしのことは 巻物に記されております。わたしの神よ、御旨を行うことをわたしは望み あなたの教えを胸に刻み」(詩編40・7-9)