本来赦されるはずもない罪が赦されて

自分が途方もない罪、本来赦されるはずもない罪が赦されて教会を造らせていただいていることを忘れるのです。本当の自分を見据えることをしなくないからである。主イエスのまなざしに見えている自分を見ようとしない。その時、私たちの口から真実の赦しの言葉も生まれないのである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、277頁

2020年9月18日(金)

イエスさまは、天国の鍵のお話をされた最後に、一万タラントの借金を許された人が、自分にわずかの借金をしている隣人を許さないお話をされました。天国の鍵をいただいている教会に集う者たちは、誰よりも多く赦されたものである、ということを忘れてはいけない、ということです。

「あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」(マタイ18・35)