安野光雅さんの絵本に『大きなものの好きな王様』というのがあった。・・・ピラミッドを造ることができるエジプトの王にも造れなかったのは、小さな花。・・・小さな存在、マタイによれば、それはまず子どもたち、そして罪を犯した者たち、どんなに値打ちがないと思われている者も滅びてはならない。主イエスも王として来られた。それは大宮殿のような好きなだけ大きなものを造るためではなかった。住むところもない歩みを続け、神が造られた小さな私たちの救いのために心を砕く、大きな愛の王となってくださったのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、211頁
2020年7月16日(木)
安野光雅の絵本になぞらえて、主イエスさまは「小さなものの好きな王」ということになると加藤先生は書いておられます。私のまわりにいる小さなものとは誰であるのか。滅びてよいものなどどこにもいない、のです。そして自分自身も小さなものなのです。
「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」(マタイ18・14)