「悪い言葉」、ルターはこれを「腐った言葉」と訳した。・・・内臓が病むと、そこから出る息も腐ったような臭いをたてる。私たちのこころが腐ると言葉が腐る。腐った言葉はひとに神の恵みを伝えることはない。相手が倒れているとき、これを立ち上がらせてあげる言葉にはならない。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、209頁
2020年7月14日(火)
正しいことが語られているかということも大切ですが、それ以上に相手を、神さまの恵みが与えられるようにその人を作り上げのに役立つ言葉を語る、ということが大切です。相手を作り上げる言葉ということは、相手の立場や技量、悩み、痛みを想像し、それらに寄り添い、相手を善意に解釈したうえで語られる言葉ということでしょう。それ以外の言葉は、腐った内臓から出てくる息のように、腐敗しているので、相手を生かすどころか、殺してしまう可能性がある、ということでしょう。
「悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。」(エフェソ4・29-30)