それがキリストの教会の基本をなす信仰の告白なった。私たちもトマスの言葉で主を呼ぶ。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、126頁
2020年4月27日(月)
自分が主になり、自分が神であるときに、私たちに平安はありません。自分を自分の手から放し、神さまにおゆだねするとき、私たちに真実の平安がやって来ます。私の主は十字架を忍ばれ、死から復活されたイエスさまであると、信仰に生きるときに真実の平安がやって来ます。
「それから、トマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』トマスは答えて、『わたしの主、わたしの神よ』と言った。」(ヨハネ20・27-28)