こんなすてきなことはない

私たちは、自分の救いを実際の神のみわざよりも小さく考えてしまう。だから不安になる。だからすぐに呟く。だから足をすくわれて倒れる。主イエス・キリストにおける神の救いのわざは、私たちが、どれほど思索を深め、言葉を費やしても届かないほど、深く、大きい。こんなすてきなことはない。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、23頁

2020年1月18日(土)

自分の中に神を囲いいれてしまうような信仰の場合、その神は私のサイズよりも小さいということです。しかし聖書の神は私のサイズよりも大きなお方です。その神が救って下さるということですから、その救いは私の考えている救いよりも常に大きいものであるはずです。聖書の語る信仰は、この神さまの中に自分がいる、私は大きな神さまの御手の中にある、という安心感をあたえるものです。

「これによって、わたしたちは自分が真理に属していることを知り、神の御前で安心できます、心に責められることがあろうとも。神は、わたしたちの心よりも大きく、すべてをご存じだからです。」(第一ヨハネ3・19-20)