愛のあるところ、涙がある

涙する教師を見つめつつ皆感動した。こころの深み、存在の中核に何かがあって、それに触れられると涙が吹き出る。キリスト者、伝道者はそれを知っている。・・・愛のあるところ、涙がある。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、22頁

2020年1月17日(金)

神学校に入学して間なしにリトリートがありました。神学校生活のオリエンテーションも兼ねたときだったと思います。何回か礼拝の時があり先生方が交代でみ言葉を取り次いでくださいました。のちに卒論指導官として丁寧な指導をしていただくこととなる歴史神学をご専門とされているその先生の説教に耳を傾けていたとき、今までに経験したことのない感動を味わいました。お涙頂戴の感動ではなく、神さまの聖さとその愛に出会った感動でした。以来その感動に揺り動かされながら伝道者生活があるといっても過言ではありません。

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(第一ヨハネ4・10)