贖罪の思想

何かに関する記述はふつう、時がたつにつれて正確になるというものではない。いずれにしろ、キリスト教から贖罪の思想を取除くなら、ユダヤ思想、異教思想も一切の意味を失ってしまう。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、421頁

2019年10月28日(月)

贖罪の思想は、後でつけられたものであり、イエスさまはそんなことは言われなかった、などということがあったようです。しかし旧約聖書から読むならば、キリストの出来事が贖罪であったことは確かなことです。私たちはイエスさまの十字架の犠牲、復活の恵みによって贖われました。

それはそうとして今日10月28日は、「聖シモン聖ユダ使徒」の日、です。それでこのテキストにもその旨の表題がついています。

この聖シモンとは熱心党と呼ばれたシモンのことであり、聖ユダとはヤコブの子ユダのことです。12弟子の名簿一覧は、福音書の中で微妙に違いがあります。ヤコブの子ユダの名前が記されているのは、ルカの福音書と使徒言行録であり、マタイの福音書とマルコの福音書には記されていません。ですからマタイとマルコの福音書の12弟子名簿一覧のなかでどの弟子に当てはまるのかは議論されるところだと思います。おそらく「タダイ」のことであろうというのが通説のようです。しかしそうだとしても、どうして共通の表記にしなかったのかという疑問が残ります。これらの記事にすでに「使徒」という記述がなされていますから、福音書の書かれたそれぞれの教会の事情があったのかな、と想像したりします。

「朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。」(ルカ6・13-16)

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」(ローマ3・23-24)