私がキリスト教を信ずる理由の一つ

実在するものは複雑なだけではありません。私自身の経験によれば、たいていは奇妙なふしをもっているます。すっきりしない、明瞭でない、予測がつなかい―といったないないづくしの性質を備えているのです。
・・・
つまり実在はたいていの場合、私たちが到底予測しえないたぐいのものです。そしてそれもまた、私がキリスト教を信ずる理由の一つなのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、400-402頁

2019年10月14日(月)

主イエスさまの復活の記事に整合性を見つけることは簡単なことではありません。それで復活を否定する人もいますが、私は整合性がないからこそ真実がそこにあると思えてなりません。おおよそ人間が作り上げたものは、しっくりいきすぎているものです。この世界は神さまによって創造されたものであり、またいまもその創造の神さまが統べ治めておられます。ですから私たちは日々わくわくしながら生きることができるのです。

「主は天を傾けて降り/密雲を足もとに従え」(詩編18・9)

「家を建てる者の退けた石が/隅の親石となった。これは主の御業/わたしたちの目には驚くべきこと。」(詩編118・22,23)

「人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(エフェソ3・19)