全能とは内在的に可能なすべてのことをなす能力を意味し、内在的に不可能なことをなしうるという意味はもっていません。奇跡を神に帰することはできますが、ナンセンスを神の属性とすることはできないのです。これは神の力に制限を加えることとは違います。
もしあなたが「神には被造物に自由意志を与えることができるが、同時に彼らに自由意志を拒むこともできる」と言おうとするなら、それは神について何も語らないのと同じです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、356-357頁
2019年9月10日(火)
神さまは、全能なるお方です。何でもできるのです。しかし何でもできるというご性質は、被造物に対して悪を行うこともできるのか、この世界を混乱に陥れることもできるのか、と問われるならば、そうではないと聖書は語ります。それは神さまが愛そのものであるからです。神さまが全能であるということは、愛において全能であるということです。
神さまは被造物をお造りになられたときに、被造物が神さまを愛し神さまに栄光を帰するように造られました。ですから人間に自由意志をお与えになられたのです。自由意志がなければ愛も存在しないからです。
しかし人間は、被造物の中の人間だけは、この神さまに逆らい、自由意志を濫用し、自らを神としようとしました。ここに罪が生れました。人間の悲惨の歴史はすべてここに起因します。
御子イエスさまの父なる神さまへの従順の生涯、十字架の死、復活、昇天によって、この罪からの贖いの道が開かれました。イエスさまへの信仰、信頼によって、人は新しくつくられた者として歩むことができます。
「こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」(エフェソ2・15-16)