矛盾をはらんでいる場合には絶対に不可能だということ、これはよくわかります。絶対的に不可能なこととは、言いかえれば、内在的に不可能だということです。その不可能性はそれ自体のうちにあるのですから。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、354-356頁
2019年9月9日(月)
神さまは世界を創造された時に、調和や秩序をもって創造されました。調和や秩序が成り立つためには、それ自体において不可能なことが必要となるでしょう。のどの渇きを潤すために水を飲むとき、その水はおいしいものですね。おいしいということが成り立つためには、おいしくないということが内在的に不可能でなければなりません。神さまはご自身が創造された被造物をご覧になり「よかった」といわれました。すべてのものはよいものです。よいものであるということの中には、よくないものが存在することは不可能でしょう。
人間がこの世界に罪を持ち込んだということは、この創造に対する挑戦だったのだと思います。いまイエスさまは再びすべてのものをよいものにして下さいました。
「すると、また声が聞こえてきた。『神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。』」(使徒10・15)