霊的なものとなる

すべての文化的価値がキリスト教への途上での真理のおぼろな先取り、もしくは複写であるとすれば、私たちもまたそのようなものとしてそれらを認めることができるはずです。
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たいていの人は神に栄光を帰するにあたって、それ自体は栄光を帰する手だてではないが、神にささげられることによってそうなる、何らかの手段に頼らざるを得ません。・・・雑役婦の仕事と詩人の仕事は同じ意味で、また同じ条件で、霊的なものとなるのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、344-345頁

2019年9月1日(日)

文化から完全に切り離されて生きることは不可能でしょう。それは身体のようなものです。神さまがお造りになったものです。受肉されたイエスさまを思えば、さまざまな文化への受肉は、福音に生きるために必要不可欠なことです。

「というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。」(第1テモテ4・4)