新しい創造のはじめです

復活がもっぱら(あるいは主として)、霊魂不滅の証拠と見なされたことはまったくなかったということです。
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キリストはまさに初穂であり、先駆者であられました。キリストは、最初の人間の死いらい固く閉ざされてきた扉を強引に開け放たれました。死を司る王と出会ってこれと戦い、これを打ち負かされました。彼がそのようにして死に勝ちたもうがゆえに、すべては一変したのです。これこそ、新しい創造のはじめです。宇宙史の新しい一章が、ここに開かれたのでした。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、152-3頁

2019年4月17日(水)

聖書の語る復活と霊魂不滅ということとは、まったく別のことなのです。復活とは「新しい創造」なのです。
霊魂不滅であるならば、死は確かに終わりではないかもしれませんが、幽霊のようになってあたりをただようところにどんな希望があるのでしょうか。それが今を生きる私たちにどんな生きる力を与えるのでしょうか。
聖書は「復活」を語ります。新しい創造を語ります。しかも「からだ」のよみがえりを語ります。このかけだらけの肉体も精神も新しくされる「復活のからだ」にしていただけるというのです。

「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。」(ローマ8・11)
「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。」(1コリント15・20-21)「主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。」(2コリント4・14)
「洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。」(コロサイ2・12)