人間の死を司る神

キリストの行われた破壊の奇跡としてはただ一つ、いちじくの木を枯らされたものがあるだけですが、ある人々はこれについて少なからず心を騒がせてきたようです。しかし私には、その意味がきわめて明瞭であるように思われるのです。
この奇跡はいわば実践的な譬え話で、およそ実を結ばぬもの、とくにイエスの時代のユダヤの国家に対して下された、神の宣告の象徴であったのです。
・・・
神はサタンの武器をその手からもぎ取りたまい、堕落以来、人間の死を司る神とさえなられました。しかしそれ以上に、おそらく創造のこのかた、神は有機体の死を司る神でもあられたのではないでしょうか。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、150-151頁

2019年4月15日(月)

神さまは、すべてのものを活かす神です。そして同時に死を司る神でもあるのです。主イエスさまは十字架と復活のみわざによって死の力を滅ぼしてくださいました。ですから死は否定的なものではなくなりました。

「道端にいちじくの木があるのを見て、近寄られたが、葉のほかは何もなかった。そこで、『今から後いつまでも、お前には実がならないように』と言われると、いちじくの木はたちまち枯れてしまった。」(マタイ21・19)