真の罪の赦しとは

こうした危険に対処する、二通りの方法があります。一つは、考慮に入れるべき事情があるなら、神はそれを私たちよりよほどよくご存じのはずだと思い出すことです。
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もう一つの方法は、罪の赦しを掛値なしに信ずることです。
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真の罪の赦しとは、斟酌をしつくした後に残る、何の言訳もできない罪をまともに見据えつつ、その恐ろしさ、汚らしさ、卑劣さを、また悪意を、十二分に承知しつつ、しかもそうした罪を犯した人間と全面的に和解することを意味します。それこそが、それのみが、罪の赦しなのです。私たちが神にそれを求めるなら、神はいつでもそれを与えて下さるのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、86f頁

2019年2月28日(木)

私が、神さまの赦しをどこまで信じることができるか。
それこそ、神さまをどこまで信頼しているか、ということです。
結局言訳をしてしまうのは、神さまが赦して下さることを信じていない心の表れなのでしょう。

「しかし、赦しはあなたのもとにあり/人はあなたを畏れ敬うのです。」(詩編130・4)
「神に逆らう者はその道を離れ/悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。わたしたちの神に立ち帰るならば/豊かに赦してくださる。」(イザヤ55・7)
「信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます。」(ヤコブ5・15)