告白しないまでも、犯した罪を紙に書き並べてその一つ一つについて真剣に悔い改めるのはよいことだと私は思います。言葉にするということは、それ自体、意味のあることなのです。
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ほかの人について語る場合にも用いられるような、ごく平易な、むしろ昔風の言葉で書くことが必要でしょう。
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こんなふうに自分がよくわかっている事実にきちんと直面し、言いわけをせずにそれを神の前に明らかにすること、そして心から神の赦しを願い、恵みを乞い求め、できるかぎり行いを改めようと決心することこそ、唯一の道だと私は考えています。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、81頁
2019年2月24日(日)
自分の犯した罪を言葉にすること。感情的に誇張するのでもなく、ぎゃくに大目に見るのでもなく、淡々と言葉にすること。そうして悔い改めること。こうして自分に直面すること、神さまの前に自分を明らかにすること。
「だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。」(使徒3・19)
「だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。もし悔い改めなければ、わたしはあなたのところへ行って、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまおう。」(黙示録2・5)